建築家って何?とよく聞かれます。
一般的にはあまり認知されていない呼称で、聞いたことがない方もいらっしゃるかもしれません。
一方、建築士は国土交通省が認定している国家資格で、一般的にもよく知られていると思います。これらの意味の違いは何でしょう?
私はドイツ、スイスといった国々で活動していましたが、EU諸国では建築家(Architect)は一般的に知られた職業でした。
また外国人の私でも建築家であると名乗るだけで一定の社会的な信用があり、仕事のことを話すとよく「素敵な仕事ね」とも言われました。EU諸国ではそれほど知られた職業であり、時には憧れを持たれるような職業の一つです。
一方、日本では建築士は一般的によく知られた存在ですが、建築家が何をする人なのかを答えられる方は多くないと思います。
そこで、ここでは建築家と建築士の違いについて、歴史的な背景や役割も含め解説していきます。
1. 建築士とは
建築士会によると、建築士の職能について下記の様に定義されています。
建築士は、「建築士法」に定められた資格をもって、建物の設計・工事監理を行う建築のプロフェッショナルです。
建築士は、一級、二級、木造の3つの資格にわかれており、建物の規模、用途、構造に応じて、取り扱うことのできる業務範囲が定められています。この資格は、国家(知事)試験により国や都道府県から与えられたものです。- 東京建築士会より
建築士は国家資格であり、建物の設計・工事監理を行う建築のプロフェッショナルな存在とされています。
しかしながら日本では、設計・工事監理に携わっているか否かに関わらず、多くの方が建築士の資格を取得します。
例えば現場監督をする方や、構造、設備関係の方も多くの方が取得するため、建物を設計する人だけが取得する資格かと言われるとそうではなく、いまいち位置付けが曖昧になっています。
これは日本で建築士が生まれた起源に関係していています。
かつて日本では、建築物の設計および工事監理は大工などの職人がその役割を担っていました。
このため従来から日本の建築業については、設計と施工(工事)を同一業者が行う設計施工一貫方式が行われており、社会的慣習として設計者の地位は確立していませんでした。
因みにEU諸国では、設計と施工は分離する方式が一般的で、設計と施工(工事)を同一業者が行う設計施工一貫方式は日本独自のものです。
1950年に建築建築基準法が作られた時に、合わせて建築士法というのができました。
建築士法により、建築士も法的な資格として定められたのですが、上記のような歴史的背景があり、設計施工一貫方式が一般的だった日本では、設計者だけが取得するだけの資格としては認識されませんでした。
2. 建築家とは
日本建築家協会(JIA)によると、
「建築家(architect)」とは建築の設計や監理、その他関連業務など建築関係のプロフェッショナルサービスを提供する職業です。
と定義されています。
建築家というと、デザイン性の高い建物を作る人、歴史に残る主要な建築物を作った人などを思い浮かべた方も多いかもしれません。
しかしながら、建築家には国家資格はなく、「日本建築家協会」が主宰する民間資格で登録建築家制度があるものの、一般的に知られているものではなく、業界内である一定の活動をしている方々を俗称として建築家と呼んでいるのが現状です。
反対にEU諸国では建築の仕事は法的に数や質が規制されており、むやみやたらに誰でも建物を建てれるわけではないなか、建築家のみが建物を設計できる立場にあります。
「建築家」という称号と建築専門職として実践する権利の両方が法的に保護されており、建築教育を受け、必要な単位を取得し教育過程を正規に修了した者だけが使える商号となっています。
EU諸国では、施工の方はもちろん、構造、設備の技術者はエンジニアと呼ばれます。図面を書く人はドラフトマンと呼ばれ、こちらも専門職としてきちんと位置付けがされており、建築家教育とは全く別の教育システムの中で育成され、建築家とエンジニア(技術者)、施工者の定義が明確に分かれています。
3. 日本独自の資格制度である建築士、ヨーロッパから輸入された建築家
Architect (建築家) の概念は、日本には明治時代以降に輸入されましたが、設計施工が一体化された業態が普及していた日本においては、設計を専業とする建築家という存在は認められませんでした。
既存の建設業界からの反発が根強く、ようやく成立した建築士という資格は、設計や施工も含んだ建築に関わる多種多様な職種を抱合する総合的な資格として成立し、設計を専業とする建築家という職能は公式には認められなかった経緯があります。
ヨーロッパでは、「医者」「弁護士」「建築家」は古来3大職能とされていますが、日本では医師や弁護士といった専門職に比べて建築家という専門職としての立ち位置は不安定で弱いです。
それは、医師や弁護士のように国家資格と職能が強固に結びついていないことに起因しています。
つまり、建築家独自の資格整備が叶わなかった状況下で、これまで有名建築家の個人的な活動の積み重ねによって日本独自の建築家の歴史が作られてきました。
4. 建築士、建築家の数
日本の建築士制度の特徴は建築設計者の資格と技術者資格が一体になっていることで、このため建築士の登録者数が多いとされています。
日本の建築士の数と欧米諸国の建築家の数を比較すると、イギリス約3万人、アメリカ約8万人に対して、日本の一級建築士の数は2022年時点で37万人を超えており、二級、木造建築士を加えると100万人を超える方が資格者として登録されています。
士業の中でもダントツに資格保持者が多いです。
他の国に比べると日本の建築士の数は圧倒的に多いことが解ります。
因みに、日本建築家協会 (JIA)の正規会員数は3296人(2023年2月現在)であり、他の国の建築家の数よりも相当少ないです。
これは建築家の中にもJIA (日本建築家協会)に入会していない方もいると考えられ、網羅性がないことが原因で、実際の数はもっと多いと予想されます。
5. 旧来の建築家像
建築家は元々は選りすぐりのエリートがなるもので、また一定の富裕層に向けて建築を設計してきました。
日本の建築家は西欧文化の紹介者という一定の役割もありました。
しかし21世紀以降、建築家をとりまく状況も大きく変わっています。IT革命が起こり、アジアの国々は大国化し、世界の状況は変わってしまいました。
建物全てを建築家という個人が神のようにコントロールするという、ヨーロッパの古典的なモデルは、機能しなくなりました。
この流れの中で、いよいよ建築家は、「世間知らずの自己主張するだけの変人」として、世の中から排除されつつあります。
建築家は現在、組織設計事務所やゼネコン、ディベロッパーなど、住宅においては住宅メーカーや地場の工務店、リノベーション会社やインテリアデザイナーなどが競合他社となり、比較され非常に厳しい状況であると思います。
6. 日本の建築家のこれから
著書『建築家の解体』で松村 淳氏は、以前は建築家界における卓越化が、社会的な成功とほぼ同義であった時代は終わり、それ以降の世代の建築家は時代の状況を見極めながら、建築家としての職能を展開していかなければならないとしています。
また、設計・監理という本来の建築家の仕事に留まらず、空き家の再生や自らもプレイヤーとしてシェアハウスやコワーキングスペースを運営し自らも場所作りに参画する「街場の建築家」の可能性を示唆しています。
建築家は建築物の設計というスキルを有する技術者である一方、デザインセンスも持っており、関連する法律についての知識も持っている、総合的に空間を扱えるプロフェッションです。
そのプロフェッションを活かし、職能の幅を広げ、個人の表現に固執したり外側や形をきれいにデザインするだけではなく、複雑な社会の中で、誰も思いつかないような総合的ソリューションを発見していく建築家像が今後求められていると思います。
分野を横断し、新しいソリューションて維持し社会の問題を解決していく。その様な取り組みの積み重ねが、新しい「日本の建築家」像を作り上げていくことを願います。
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