古民家を継ぐ、もうひとつの選択肢 |「移築」の種類と費用、そして素材としての可能性


1. 移築とは?

実家や親族の家を相続した際、多くの人が直面するのが「建物をどうするか」という問題です。 維持管理の難しさや、現在の生活拠点との距離を考えると、そのまま残すことが現実的ではないケースは少なくありません。一般的には「売却」や「解体して更地にする」という選択がなされますが、その建物に良質な木材が使われている場合や、意匠的に優れた部分がある場合、単に廃棄してしまうのは建築的な観点からも惜しいことです。

そこで、選択肢の一つとして挙げられるのが**「移築(いちく)」**です。

現在raumusでは、和歌山県にある古民家の構造材を部分的に取り出し、福岡県糸島市の新しい建築へと組み込むプロジェクトを進めています。 今回は、このプロジェクトを事例に挙げながら、古民家の移築に関する基礎知識、具体的な手法、そして検討する上で避けて通れない**「費用と現実」**について解説します。

2. 「移築」の3つのアプローチ

① 曳家(ひきや)

建物を解体せず、基礎から切り離してジャッキアップし、そのまま移動させる工法です。

  • 特徴: 建物の形状や仕上げをそのまま維持できます。
  • 適用: 敷地内での移動や、隣接地への移動など、ごく近距離の場合に限られます。道路幅や障害物の制約を受けるため、長距離の移動は物理的に不可能です。

② 完全移築

建物を部材単位まで一度解体し、別の場所で元の姿通りに組み直す手法です。文化財の保存などで採用されます。

  • 特徴: 建築当時の意匠や空間構成を再現できます。
  • 課題: 現在の建築基準法や省エネ基準に適合させるための補強・改修が大掛かりになるため、新築以上のコストがかかるケースが一般的です。

③ 部分移築・古材利用(今回のケース)

既存の建物から、梁、柱、建具、欄間など、状態の良い部材や意匠的な価値のあるパーツを選定して取り出し、新築の建物の一部として再利用する手法です。

  • 特徴: 現代のライフスタイルや性能基準(断熱・耐震)を満たした新築住宅の中に、古材特有の質感を取り入れることができます。

• • メリット: 建物の全形を保存するわけではないため、敷地条件や新しい用途に合わせて自由に設計が可能です。


2. 和歌山から糸島へ。素材の移動と再編集

用途変更とは、既存の建物の用途を、別の目的に変更することを意味します。都市部でよくあるケースだと、賃貸住宅であった部分を店舗用のテナントとして貸し出すという例はよくありますが、他にも倉庫をカフェやアートギャラリーに、工場をシェアオフィスや文化施設に改造するということも含まれます。
用途変更は、単なるリノベーションに比べて、さらにその空間を活かした新しい価値を創造するため、非常に効果的な手段です。

用途変更において重要なのは、建物の構造や立地条件、周囲の環境に適した新しい用途を見つけることです。また、用途変更には、建築基準法や消防法など、法律的な制約をクリアしながら進める必要があるため、専門家のアドバイスを受けながら計画を進めることが重要です。

今回raumusが手掛けているのは、前述の「③ 部分移築」にあたるプロジェクトです。 和歌山の古民家を解体し、選び抜いた構造材を福岡・糸島へ輸送。海と山に囲まれた自然豊かな土地に建つ、新築の別荘へと組み込みます。

なぜ、わざわざ運ぶのか

このプロジェクトの核心は、単なる懐古主義ではありません。 数十年、百年という時間を経て乾燥し、強度を増した古材(地松やケヤキなど)は、現代の市場で流通している新品の木材にはない、圧倒的な存在感と品質を持っています。

しかし、そのままの古民家として住み続けるには、現代の温熱環境や耐震性の基準に合わせるハードルが高いのも事実です。 そこで、現代の技術で高性能な「器」を新築し、その内部の骨格として、時間の経過によってしか得られないテクスチャを持つ古材を配置する。新旧の素材を対比させ、空間の質を高めるための**「デザイン的な選択」**として、移築を採用しています。


建築基準法と「移築」:法的なハードルをどうクリアするか

古民家の移築を検討する際、避けて通れないのが建築基準法への適合です。現代の法律では、古い建物をそのまま「建築物」として移動させることに対し、非常に厳しい制限が設けられています。

1. 「移築」は法的には「新築」扱いとなる

意外に知られていないことですが、建物を別の場所へ移して建てる場合、建築基準法上は原則として**「新築」**として扱われます。つまり、昭和初期や明治時代に建てられた建物であっても、移設先の土地で「現代の最新基準(耐震・防火・省エネなど)」をすべてクリアしなければ、建築許可(確認申請)が下りないということです。

2. 構造計算の壁:古材をどう評価するか

現代の木造住宅は、柱や梁の太さ、接合部の金物、耐力壁の量などを数値化して安全性を証明します。しかし、古民家の伝統的な工法(石場建てや足固めなど)は「柔構造」であり、現代の「剛構造」を前提とした計算式にはそのまま当てはまりません。

  • 部材の強度評価: 古材はJAS規格のような明確な強度数値を持たないため、構造設計者がその樹種や乾燥状態を見極め、安全率を見込んだ上で計算を行う必要があります。
  • 接合部の補強: 伝統的な継手・仕口(しぐち)だけでは現在の基準を満たせないことが多く、見えない部分でボルトや引き寄せ金物、あるいは現代的な耐力壁による補強が求められます。

3. 「部分利用」が現実的な解となる理由

建物の全形を再現する「完全移築」の場合、上記のような構造計算や断熱性能の適合に膨大なコストと工期がかかります。 一方で、私たちが今回糸島のプロジェクトで採用している**「部分移築(古材利用)」**であれば、法的には「新築」の枠組みの中で、古材を「化粧材」や「意匠的な構造材」として組み込むことができます。

  • 現代の骨組とのハイブリッド: 現代の基準を満たす強固なフレーム(構造)を構築し、その中に古材を配置する手法です。これにより、法的な安全性を確保しながら、古民家特有の空間構成や質感を再現することが可能になります。

4. 防火地域等の制限

移設先の地域(防火地域・準防火地域)によっては、木材を表に出すことが制限される場合があります。せっかくの美しい梁や柱を石膏ボードで覆わなければならないといった事態を避けるためにも、土地選びの段階から法規制の確認が不可欠です。


3. 移築にかかる「費用」の構造

移築を検討する際、最も重要なのがコストの理解です。「古材を使うので材料費が浮き、安くなる」という認識は、多くの場合誤りです。 一般的に、古材を利用した建築は、通常の新築工事よりもコストが割高になる傾向にあります。その理由は主に「手間」と「技術」に起因します。

コストの変動要因

  1. 解体の手法(手壊し) 通常の解体は重機で破壊を行いますが、移築の場合は「部材の救出」が目的です。大工が構造を読み解きながら、手作業で慎重に取り外す必要があります。これには通常の解体に比べ、数倍の工期と人件費を要します。
  2. 運搬と保管 長尺の梁や柱を遠隔地へ運ぶ輸送費、そして加工までの期間、適切に管理するための保管コストが発生します。
  3. 古材の加工とクリーニング 古材は経年により変形していたり、ほぞ穴が空いていたりします。これを現代のプレカット(工場加工)された木材と接合するには、高度な技術を持つ大工による「手刻み(てきざみ)」が必要です。また、長年の汚れを落とす「洗い」や、表面の加工などのメンテナンス費用もかかります。

コストをかける意味

それでも移築を選択する理由は、コストパフォーマンスではなく**「バリュー(価値)」**にあります。 現在では入手困難な大径木の素材価値、そして量産品では再現できない空間の独自性。これらを建築に取り込むための投資と捉える必要があります。


4. メリットとデメリットの整理

古民家移築(部分移築を含む)におけるメリットとデメリットを整理します。

メリット

  • 意匠性: 古材特有の色味や風合いが、空間に深みを与えます。モダンな素材(ガラス、鉄、コンクリート)との相性も良く、独自性の高いデザインが可能です。
  • 環境負荷の低減: 使用可能な資源を廃棄せず、循環させることにつながります。
  • 記憶の継承: 物理的な「家」はなくなっても、その要素が新しい生活の中に残ります。

デメリット

  • コストと工期: 前述の通り、手間がかかるためコスト高となり、工期も長くなる傾向があります。

• • 不確定要素: 解体してみないと部材の正確な状態(腐食やシロアリ被害の有無など)が判明しない場合があり、計画変更の柔軟性が求められます。


5. 移築検討のプロセスとraumusの役割

もし、所有している建物の取り壊しを検討されており、同時にその素材の活用に可能性を感じているのであれば、解体工事の発注前に建築家へ相談することが不可欠です。

重機が入ってしまえば、その素材は「産業廃棄物」となり、二度と戻りません。どの部材が構造的に再利用可能か、どのパーツが意匠的に価値があるか、その目利きは専門的な知見が必要です。

 特に、法的な適合性については、設計の初期段階で行政や指定確認検査機関との事前協議が必要です。「古い柱を使いたい」という希望が、現行法下でどのように実現可能か、あるいはどのような制約が伴うか。これらを予見し、デザインと安全性を両立させるのが建築家の役割です。

今回の和歌山~糸島プロジェクトにおいても、単に材料を運ぶだけでなく、現地の法規制、地盤条件、そして気候風土を考慮した上で、和歌山の部材が最も活きる配置を検討しています。

raumusでのフロー

  1. 現地調査・評価: 実際の建物を拝見し、素材の質、搬出の可否、再利用のポテンシャルを建築的な視点で評価します。
  2. プランニング: 「完全移築」か「部分利用」か、予算と新しい建物の要望に合わせて適切な活用方法を提案します。
  3. 選別・監理: 解体時に必要な部材の選別を指示し、新しい現場へ届くまでのプロセスをコントロールします。

今回の和歌山~糸島プロジェクトのように、遠隔地であっても対応は可能です。 「すべてを残す」か「すべて壊す」か、という0か100かの議論ではなく、**「良い部分を抽出し、新しい価値として再編集する」**という方法も存在します。


おわりに

建築は、スクラップ・アンド・ビルドだけが正解ではありません。かといって、無理をして古いものをそのまま維持することが最適解とも限りません。

古い建物の持つポテンシャルを見極め、現代の技術とデザインの力で、次の世代が快適に過ごせる空間へと昇華させる。raumusでは、そうした文脈のある建築づくりを行っています。

所有されている古民家の活用について、費用対効果も含めてフラットに検討したいとお考えの方は、まずはお気軽にご相談ください。

ホーム » NOTE » Architecture » 古民家を継ぐ、もうひとつの選択肢 |「移築」の種類と費用、そして素材としての可能性