職住近接、職住一体の暮らしが、失われてしまった豊かな住環境を取り戻すことにつながるという話を書いていきたいと思います。
近頃、職住近接、職住一体といった言葉をよく耳にします。コロナの影響でリモートワーク化が急速に広がったことや、フリーランスという働き方の社会的な認知度が上がり、自宅で仕事をする人が増えたということが関係すると思います。
私自身はこれらのライフスタイルの変化は、単純に通勤時間がなくなるという利点だけではなく、多くの利点があると思っています。
ここではその理由について、建築・空間的な視点から少し時間を遡りながら考えていきます。
1. 建てること 住むこと 考えること
突然ですが、ドイツ人のハイデガーという哲学者が、1951年のドイツのダルムシュタットで『建てること、住むこと、考えること』という講演を行いました。
住むこと、建てること、を通して人間の存在について考えるという内容で、私たちは住むことについて学ばなければならないという趣旨で話されています。人間の存在というのは少し分かりづらいですが、簡単にいうと人間がどのように生きている意味を見出していくかというような意味になります。
ドイツ語で住むことはWohnen、(建築を)建てることはBauenですが、本来、この2つの言葉の意味は同じでした。
それは、その土地に住み、開拓し、建築を築きあげることといった意味で、人間の存在そのものであったそうです。
昔の人にとっては、『住むこと = 建てること = 生きること』だったのですね。
解りやすい例としては、昔の農家の人を思い浮かべていただけると良いです。
農家の人はその場所に住みながら、畑を耕し、畑で採れたものを食べ、互いの農作物を交換し、地域の人と関係を作りながら子孫を繁栄させ家を大きくしていきました。
2. 住む場所は作るのではなく、買うものになってしまった
昔に比べ現代では、住むことと、建てることは一致しなくなりました。ほとんどの人は自分の手で家を建てたりはしないでしょう。
住宅は買うもの、もしくは借りるものだという考え方が一般的だと思います。そのような状況では、その土地に根付き地域の人と関係を積極的に作っていくという意識は、希薄になるかもしれません。
まちをよく観察してみると、家の庭に花を植えて、毎日きれいに手入れをしている方を見かけます。家庭菜園に勤しんでいる方々もよく見かけます。
季節によって花が咲いたり野菜が採れたり、それはまさに地域の中での自分自身の存在意義の一つになっているように見え、ハイデガーの言葉の住むこと、建てることの実践をおこなっているようにも見えます。
しかしながら、花や庭いじりに興味のない方もいるでしょうし、そもそも持ち家や庭付きの家でなければ、植物を植えることも難しいかもしれません。
3. 住まいと仕事場が離れてしまった現代の暮らし
元々は職住はとても近い関係の中で発達してきましたが、近代化により働く場所はオフィスになり、住む場所から遠く離れ、働く場所へは通勤するという習慣が一般的になりました。
平日の昼間はオフィスにいるため住宅街には人が少なくなり、逆に夜のオフィス街には誰もいなくなるという現象が起きています。
同じ場所で効率よく働くために発明されたものですが、通信技術が発達した現代においては、必ずしも同じ場所で同じ時間に、大勢の人が働く必要はなくなりつつある中、新しい働き方という事も考えていかないといけません。
4. 豊かな住環境を取り戻すために職住の関係を考える
現代における私たちの生活は昔に比べ便利にはなりましたが、同時に失ってしまったものもあるのではないでしょうか。
その一つの原因は、機能を重視するあまり、全て住むところと働くところなど機能別に空間を分けてしまい、同種のものが集まってしまうことがあると思います。
多くの人は住宅地に住み、オフィス街で仕事をし、ショッピングセンターやデパートで買い物をします。これらは全て同種のものでまとめられた場所で、効率的である一方、予定調和的で退屈に感じることもあると思います。
リモートワークの普及により、家にいながら仕事をすることで、当然ながら家にいる時間が増えることになります。
そうすると、日中にオフィスで仕事をして夜にしか家に帰ってこない場合に比べ、家にいる時間が長くなるため、そこでの時間は大切で、より快適な空間にしたい思うでしょう。
また自宅が仕事場の場合、打ち合わせなどで自宅に人を招く機会も多くなるかもしれません。
人を招く機会が多くなると、素敵な空間したい、好きな家具や食器、小物を揃えたい、植物も置きたいなど、色々と願望が出てくるでしょう。
それが結果的に自分の住む場所への興味を生み出し、自分らしい空間づくりのきっかけとなります。
自分の住む空間に興味を持ちデザインすることは、日常をデザインすること、つまり生活そのものデザインすることに繋がります。
それは日々の生活をとても重要視していたのフィンランドの建築家、アルヴァ・アアルトが実践してきた暮らしが教えてくれます。
次の章で詳しく説明していきたいと思います。
5. 職住近接・職住一体の事例
アルヴァ・アアルトの住まいとアトリエ
フィンランドの巨匠、アルヴァ・アアルトは、自身が卒業した大学がその後、アアルト大学と名前を変えてしまうほど有名な建築家です。彼の自宅はヘルシンキの郊外にあり、そこから歩いて10分程のところにアトリエを建ててスタッフと共に仕事をしていました。
このアトリエで後世に残る数々の名建築が生み出されます。
アアルトの自宅を訪れてみてると、家には仕事をするスペースがあり、単にくつろぐだけの空間ではないことがわかります。
反対にアトリエの方は、多くのスタッフが働くため空間自体は大きいものの、あちらこちらにくつろげるスペースがあったりと、家のように感じる空間です。つまり、「家は仕事場のように、仕事場は家のような」空間となっています。
建築芸術は、いわゆる事務所的な環境では生まれない
アアルトは生前、「建築芸術は、いわゆる事務所的な環境では生まれない」という言葉を残したり、「休憩中は仕事の話をしない」というルールを作ったりと、日々の生活をとても重要視し、またそこで経験した生活の豊かさを創作の糧にしていた建築家だと思います。
まさに現代で言う職住一体の暮らしです。
この価値基準は現代においてもとても重要で、単に住宅、オフィス、お店と機能的に切り分けられた空間よりも、それらが混ざり合う、もしくはよく分からない状態の空間の方が、魅力的な空間になっていることが多いように思います。
6. 混ざり合う空間の楽しさ
日本でも、昔の町屋や商店街のような空間は、仕事(商売)をする空間と、住空間とが混在していました。
違うものが混ざり合ったりする方が、偶発的な出会いなどもあり、楽しく豊かな空間になると思います。例えば住宅地の中でも自分の家でお店や、事業、仕事をしたりすると、住んでいるだけでは関わらなかった人との関わりも出てくることになるでしょうし、地域との関わりも変わってきます。
そのような人達が増えると、昼間に私たちが住んでいる場所もより生き生きとした空間にかわってくるように思います。
コロナ禍においてリモートワークが急速に普及しましたが、リモートワークが普及したことによって、移動をしなくても良いという利点以上に、私たちの生活を今一度見つめ直すという機会が出来たと思います。
自分の住んでいる地域、空間に興味を持って頂きより良くしていくきっかけとして、職住近接、職住一致というテーマは、大きな可能性があるのではないでしょうか。
住む場所と働く場所との距離が近くなる事で、人々は今まで以上に自分が住んでいる場所に愛着を持ち、デザインすることで、職と住が混じり合った魅力的な空間ができると思います。
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